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機械学習と基盤モデルで体外診断技術はどう変わる

機械学習と基盤モデルは、将来患者さんや医療制度が求める dAIgnostics(AI を活用した診断法)を根本的に変える可能性があります。これについてTTP の Jamie Sykes Macleod (ジェイミー・サイクス・マクラウド)が、チャットボットには到底書けない文章で解説します。

2022 年 11 月、OpenAI は ChatGPT としてGPT3 モデルを一般公開しました。以来、ChatGPT は史上最速の導入率を誇るサービスとなり、2 ヵ月以内にユーザー数は 1 億人に到達しました。その後も多くの基盤モデルが登場し、専門職や業界自体に大きな打撃をあたえた一方で、ユーザーはこれまで以上に多くを創造できるようになりました。

AI による幅広い変化にともない、体外診断技術も変っていくでしょう。実際、各機械学習モデルのスキャン画像読影力は病理医に匹敵するか、むしろ優れているため、一般的な診断ツールの 1 つである画像診断は昨今、静かな革新を遂げています。その可能性を認識したTTP は2019 年、デジタル病理学の各側面を改善する、定量的組織染色技術の開発を支援しました。

しかしその後のAI と体外診断の両分野での画期的変化、特に新型コロナウイルスの流行以後の、分散型診断や地域密着型の医療への移行は、AI がこの業界にどんな改革をもたらすのか、再考する時期が来ていることを意味します。  

dAIgnosticsは、3 つのテーマの予期せぬ相互作用である、と定義できます。つまり、より多くのバイオ・身体的マーカー、精度の向上、もっと個別化された医療です。

この 3 つはいずれも良く知られたテーマです。機械学習を背景に、最初の 2 つは主としてポイント・オブ・ケア診断プラットフォームの開発に関して検討すべき事項です。基盤モデルによって推進される 3 つ目のテーマとの相互作用こそが、診断プロセスに変化をもたらし、将来的に求められる各種の dAIgnostic に影響する可能性を持ちます。

「AI」とは?

「AI(人工知能)」とは通常、次の 2 つのいずれかを指します。1 つのタスクに関連する中程度の量のデータに基づいて学習するプログラムである機械学習、そして膨大な量の非特定データに基づいて学習する基盤モデルです。ここでは細かい説明は省きますが、機械学習基盤モデル、双方の技術とソリューションの開発での役割については以前解説しましたので、詳しくはそちらをご覧ください。

現在は、機械学習を含むかどうかがやや曖昧なまま、AI という言葉が使われています。機械学習を AI カテゴリの一部ととらえる人は多いですが、別の分野と考える人もいます。米国食品医薬品局(FDA)は、単なる「AI」ではなく、「AI および機械学習」についてガイダンスを示しており、今のところは関連しつつも別個の分野と見なしていると思われます。

ここではAI の定義に機械学習モデルと基盤モデルの両方を含めます。機械学習はすでに診断のあり方を変えつつあり、将来的にはさらに大きな変革を進める可能性を秘めています。一方、基盤モデルは医療の提供方法そのものを変える可能性があります。

バイオマーカーの選択肢を増やす 

測定できる生体分子は無数にあり、理論上はあらゆる身体機能について情報を得られると言えます。AI を用いれば、これまで科学者が効率的に探索するには広すぎた膨大なバイオマーカーの世界から、シグナルを抽出できるようになります。

たとえばMarkerDB データベースには、さまざまな生物学的プロセスに関連することが知られる 34,00 のバイオマーカーが含まれています。ただしその多くは、従来の統計手法で検出された関係性が臨床で使えるほど強いとは限りませんが。

それに、これらのバイオマーカーは、潜在的なヒトバイオマーカーのほんの一部にすぎません。ヒトの身体には、10 万種類を超えるタンパク質、25 万種類を超える代謝物と関連する化学物質、そして圧倒的な数の DNA と RNA の変異体があります。

画像解析の分野ではっきり示されているように、現代の AI システムは膨大な量のデータを解釈し、関係性を明らかにすることができます。これによって単一標的のバイオマーカーがさらに発見される可能性があるだけでなく、複数のバイオマーカーのシグネチャーが、診断精度や予後予測精度を高めるという見通しにも納得できるでしょう。

最終的には、研究者が見つけるバイオマーカーの種類が変われば、体外診断技術業界が開発すべき機器の種類も変化するはずです。つまり、機器の開発者は以下のことを検討すべきだと考えます。

  • 同じ装置でさまざまな標的を対象とした異なるアッセイカートリッジを操作できる、標的を限定しないプラットフォーム。
  • 1 回の検査で複数のマーカーを検出できるマルチプレックス検査。
  • バイオマーカーの存在だけでなく、その量を検出して臨床判断に役立つ定量的検査。
  • カートリッジの構造を簡素化する代わりに、プラットフォーム側の複雑性を高めるというトレードオフ。利用可能な検査数が増えると、ポイント・オブ・ケアでの保管のため、カートリッジは小型で安価なことが必要。

以上の実現は容易ではありません。幸い、新たな AI ツールが役立ちそうです。

より高い精度、または同じ精度で低コストの診断技術

AI システムは、これまで存在すら知られていなかったシグナルを検出するほど高い能力を持っています。その良い例が、4 年前に発表さた研究です。欧州の各国から編成されたチームが、深層学習モデルを使用して、患者の性別予測を網膜底部の画像(眼の裏側の内面の画像)で行いました。このモデルは約 80% の精度で正しく予測できました。しかし当時の臨床医たちは、網膜構造が男女で違うことも認識していませんでした。

AI モデルは、解剖学で 200 年間発見されなかったシグナルを検出したのです。  

他にも検査結果の読み取りでとりこぼしている情報があるかもしれません。ある意味、機械学習モデルは、使用される環境向けに特別に開発され、標準的な統計学的検査では確実に検出できない結果をはっきり出す、究極の統計学的検査と言えるでしょう。

大規模なデータセットから取れるのですから、もっとデータを集めて分類しようということになります。病院で行われる ECG 測定では、心臓専門医が読影できる妥当なデータ量に制限されるため、心臓の電気活動が数分間しか記録されないことがあります。一過性や、まれなイベントだと、見逃される危険があります。  

AI を使えば、患者さんを長時間モニタリングして得られるデータの解析がシンプルになり、まれなイベントもモニタリング時間内に発生する可能性が高く、小さな変化も、1回の高精度な高精度データに基づいて診断するのでなく、データ収集を反復することで検出されます。  

他の条件が同じなら、AIを診断に導入すれば、あらゆる検査の精度と正確性が飛躍的に向上することになります。ポイント・オブ・ケア診断(TTPでは「分散型診断」と呼んでいますが)をめざすにあたり、この新たな能力を、さらに正確な検査の開発に用いることもできるし、ポータビリティと費用を重視し、正確さは同程度、というトレードオフもできます。  

体外診断システムの開発者は、以下の利点の活用を検討すべきだと思われます。

  • 検査が感度と特異性のために制限されている場合、AI 呼び出し手法は、特定の設計で、どちらも改善できるはずです。
  • 重要なのは、達成した感度と特異度がすでに臨床適用に十分であれば、AI 呼び出しアルゴリズムでコストを削減できること。方法は以下の 2 つです。
    • 性能を維持しつつ、フォトダイオードやフィルターなどの部品の要求仕様を緩和する。これで最終的には機器やプラットフォームの部品コストを削減できます。
    • サンプル調製の要件を緩和することで、開発コストと各検査のコストの両方を削減できます(サンプル調製が診断アッセイそのものと同じかそれ以上に難しい場合もあるため)。
  • これまでは識別できなかったシグナルが識別できるようになる可能性があり、単一の検査でさらなる多重化が可能になります。
  • 1 つのスナップショットだけでなく、長時間にわたりデータを収集できることに価値があります。

実際、AI により、精度をハードウェアで出すのでなく、比較的安価なソフトウェアで出すことができます。

さらなる個別化(パーソナライズ)

AI が一夜にして革命を起こすことはないでしょう。医療は変化の遅い分野です。とはいえ、臨床医が治療をパーソナライズすることを助ける、増え続ける選択肢の 1 つになることは間違いありません。

シンボリック AI や機械学習の時代には、電子カルテ(EMR)や個人健康記録(PHR)に含まれる非構造化(あるいは構造化が不十分な)データは簡単に調べることはできませんでした。  

これが、基盤モデルを支えるトークン化システムによって根本的に変わります。現在では、患者さんの電子カルテに非構造化データが含まれていても、AI で容易に読み込むことができます。  

これによって医師がさらに質の高い、個別化されたケアを提供できるようになる一方で、診断検査に求められることも変わると考えられます。  

  • 最も重要とすべきデータは何か、人は先入観を持ちがちです。AI によって、治療内容を判断する際に、電子カルテ内の各データを公平に検討できるようになります(ただし、学習用データの選択でバイアスが生じないよう注意する必要はあります)。
  • AI によって、医師が症状や病歴から鑑別診断を行う能力が向上、そのため、さらに焦点を絞って診断検査ができるようになると期待できます。
  • その結果、診断検査の実施状況(分布)も変化するかもしれません。以前は珍しい、あるいは新しかった検査が一般的になり、現在よく行われる検査が実情に合わなくなる可能性もあります。
  • 集団をより細かく層別化することで、患者さんにとって有益な治療の判断を行える可能性があります。
  • 定量的バイオマーカー検査は、病歴全体を踏まえることで、対象の疾患に対して陽性か陰性かをより適切に判定できるようになります。

分散診断市場はすでに定量的検査へと大きく動き始めており、AI はその流れをさらに加速させることになるでしょう。

注意すべき点  

AI が患者さんや医療業界にもたらす利点については楽観視できますが、その導入が順調に進むとは限りません。  

第一に、AI の有効性を主要な規制当局に納得してもらう必要があります。この取り組みはすでに進んでおり、2024 年 8 月には欧州 AI 規制法が施行され、FDA もガイダンスを公表しました。それでも、急速に進化を続ける AI 分野では、規制当局は抑制的な立場をとると思われます。

次に、医師。ポイント・オブ・ケアでは長年、中央検査室と同じくらい質の高い検査が行われています。それでも、TTP 独自の調査によると、医師は依然として中央検査室に比べ、ポイント・オブ・ケアでの検査を、やや信頼しない傾向が見られます。AIは、直感に反する結果を出すこともあります。この「ブラックボックス」を医師や患者さんに信頼してもらうのは、容易ではありません。この分野の研究には今後も注目すべきですが、どうすれば達成できるかについて、以前に解説しています。

最後に、AI による検査が単純に既存のワークフローに収まらず、むしろ治療に新たなグレーゾーンをもたらす可能性も考えられます。その場合、これまで検出されなかったが今後検出されるようになるシグナルの臨床的な意義を評価する必要が出てくるでしょう。  

…それでも、進化は避けられない

上の課題はどれも根本的なものではありません。AI を活用した医療の将来像ははっきりしており、その推進力は確実に得られると確信できます。  

「バイオマーカーの選択肢の増加」と「精度の向上」の価値は、多くの体外診断技術開発者にとってすでに実現可能ですが、将来の dAIgnostics の価値は、これらのテーマと基盤モデルによって推進される「個別化の向上」との融合で決まると、私は考えます。 

特に、電子カルテの非構造化データを解析する能力により、これまで以上に質の高い医療の提供が可能になり、患者それぞれの状況に応じ、より適した診断製品が求められるようになるでしょう。 

各企業は、次世代製品を開発するうえで、dAIgnostics に対する準備を整えておく必要があります。 

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